私,今日電車乗ってたんですけど,隣にちっちゃい子連れた家族が座って,お母さんのひざの上で女の子が暴れるので,私のひざに女の子の靴が当たる。こっちは休日でジーンズだし,そんな泥だらけの靴でもないので大して影響はないのですが,でもそれ,やっぱりすごく不愉快だ。汚れはいい。こっちへの迷惑に対する気遣いがないことが不愉快。
でも,注意して分かる子供ではないだろうし,もう一人子供を連れている母親に,「しっかりしてくださいよ」と言っても無理だろう。もし私がこの母親だったら,やっぱなすすべもなさそうだ。しかし,だからって私がこの状況を我慢してやらなきゃならんこともないだろう。でもなあ。電車の中で怒鳴り散らしたりなんかした日には,誰に正義があろうがなかろうが,無関係に公共の迷惑に成り下がるからやだ。そもそも,びびって注意なんて出来ない。
そんなわけで,特に注意はせず,ひざをよけて手で軽く払う,というジェスチャーで,間接的に「ちょっとやです」感を演出してみました。この腰抜けなアピールも母親は感じ取って「すいません」と言ってくれましたが,状況が改善することはなく,その後も子供の足はちょいちょい私のひざに当たるのでした。
こうした状況に居合わせたりすると,多くの人が「誰が悪いのか」「誰が正しいのか」を判断しようとしたりしませんか。私はそうです。またその中でも特に「自分は悪いか悪くないか」を考え,悪くない立場の人でありたいと思う。まあそれ自体は間違ってないと思いますが,返す刀で「誰が悪いか」を考えると,だいたい悪い方向へ考えが行ってしまう。
この状況で,誰が悪いかを言うとしたら,子供のことをきちんと見られないのにのこのこお出かけしているこの母親。謝っただけましとはいえその後も改善の見られないこの母親ということになるのかなと思います。子育て大変とは思うけど,と。でも,そういうこと考えてしまうと,その後私はずっと「もっとちゃんと謝ってほしい」とか,「謝ってもぜんぜんその後もこっち迷惑受けてんだけど」といったことを思ってしまうわけです。そんなこと面と向かっていえる度胸もないくせに。
2chその他のネット上では,こんな感じで,見てもいないどこかの出来事に対して,多くの人が「誰がいい」「誰が悪い」「中でも自分はそれらを見据える立場にいる正しい人」的な感じであれこれ感想を述べたりするわけですが,私もまた,そんな中の一人なのだな,と思う。思うけど,やめられない。言いたくなってしまう。なんでしょうね,その欲求って。自分は正しい人間だ,正しい判断力のある人間だ,ということを,だれかれなくアピールしたいのかしらん。
某巨大掲示板がどうしても苦手な理由。
うっといからリブログしたんねん。